【サバイバル術:遊泳編】  集中レッスン無事終了

陸上と平行してプールでのトレーニングを開始。10年ぶりに水着を着たものの、やはり恥ずかしい。それはそれとして、教室を見つけトレーナーに基礎から泳ぎ方を教わることになりました。今の時間を最大限に活かすため、バランスのとれた筋力、持久力、そしてサバイバル能力の強化です。クロールを25mしてみると、息継ぎのタイミングが上手くいかず溺れてましたバシャバシャバシャ

いくつになっても、出来なかったことが出来るようになるというのは、ひとつの達成感や自信を与えてくれる。どこまで行けるかわかりませんが、あえてもがいてみます。


【Lesson o1】

10年ぶり、しかも水着など着て、動きがとてもぎこちない。水に入るという行為が、とんでもなく非日常的だとこんなにも緊張するものなんですね。とにかく、何も知らない白紙の状態で全てがはじまりました。水中での手足の動かし方や息継ぎの仕方など、頭でわかっていても身体が反応できない。とりあえず、クロールを25m泳いでみると、息継ぎのタイミングがわからず死にそうになりました…とほほ

【Lesson 02】

今回は、大きな収穫あり。前回、なぜクロールで死にそうになったかというと、鼻呼吸を無意識にしていたからです。陸上のトレーニングでは、「はい、鼻から大きく息を吸って、口からゆっくり出す」というのを繰り返しやってきたことが染み付いて、水中でもこれをやってしまっていたからパニック状態に陥ったのです。だから、ひたすら鼻からブクブクブクブク、口をパッ、という動作を何度も何度も練習する。呼吸さえ安定すれば、以前よりも楽に泳ぐことができた。しかし、生まれて始めて背泳ぎをしたときは、また溺れました。。。身体が緊張すると、沈むことをリアルに実感する。ドルフィンキックを練習したとき、水泳の気持ちよさをはじめて味わう。「いつか、イルカと泳いでみたい」と心静かに思い描くのでした。

【Lesson 03】

水に慣れつつあるものの、背泳ぎは、こわい→緊張→沈む→苦しい…のデフレスパイラル。呼吸、腕や足の意識の仕方など、いろいろとコツがあるのですね。理解していて も、身体が動かない。クロールは、水泳と呼べるかも。。。それにしても水中というのは、全てがスローモーションのとても不思議な世界。どこか現実離れしている。

【Lesson 04】

水と戯れたい。。。人の身体はそもそも浮くようにできてるらしい。まだ変な力が入っている。力を抜くっていうのは、頭じゃなくて身体で覚えるしかないのです。 料理も、文章も、設計も、音楽も、身体は頭より多くのモノゴトを知っているとつくづく思う。内田樹さんの「身体知」を思い出す。伊豆、西表、八丈島、タヒチ、モルディブ、マブール・シパダンなどの島々、マンタ、ジンベイ、ハンマーヘッド、熱帯魚、イルカ、魚群…etc もう一つの世界は息を飲むほど美しく、人間の力が及ばないほど圧倒的。楽園へ向けてドルフィンキック練習中。

【Lesson 05】

身体がだいぶ水に慣れてきたみたいです。背泳ぎも以前よりスムーズにできるようになりました。鼻からブクブクブクブク、口からパッ吸う。これが出来れば、水泳がグッと楽になる。運動の基本、いや生きる基本が呼吸法なのかもしれませんね。浮かぶというフローの状態を身体が覚えれば溺れるということはないという。流れに抵抗し、無駄に動くから体力が消耗し溺れるというメカニズムらしい。仰向けにプカプカと浮けば、「おーい」と助けを呼ぶ事もできる。遊んでいると思われそうですけど…でも、こういう考え方ってあったのですね。


【Lesson 06】

本日が、レッスン最終日。初回では溺れていましたが、なんとかクロール、背泳ぎ、平泳ぎが一応「できる」というレベルまでいきました。あとは水に慣れるのみ。なんといっても呼吸法で楽に泳げることを知ったこと、緊張すればするほど身体は沈み、無駄な動きが多くなる。自己流だとどうしても変な癖がついてしまうので、そういう意味では何も知らない状態の方が素直に吸収できた気がする。泳ぐことの楽しさを知り世界が少し広がりました。丁寧な指導ありがとうございました。

tsubomono

なんだかんだで、STEP46までコマを進めております。現在は、足の側面にあるツボです。忙しかったら、左足から始めてSTEP01から03まではやっておくだけでも次の日が違う。抱えている問題は千差万別なので、あとは症状に合わせて揉みほぐして下さい。最低でも身体が変わるには半年かかるものです。急激な変化は、身体にも良くないですし。足ツボだけじゃないですけど、自分で身体のケアの仕方がわかると、なかなか楽しいものですよ。

健康って地味なことの積み重ねでしかないのですけど、やればやっただけきちんと身体が反応してくれると料理みたいで面白いです。ふとした、まさかの瞬間に力を発揮します。健康貯金は持っておいた方がいいです。お医者さんだよりの他力本願だけでは、やはり考えものかと思います。健康管理も仕事のうちです。良いコンディションだと、仕事もはかどりますし、急なヘルプ要請にも対応可能。


【tsubomono】


Book: 『手の孤独、手の力』

【本】★★★★★
題名:手の孤独、手の力
著者:松山巖
(2001/中央口論新社)

「あなたは天の川を見たことがあるか」

ひとつの問いからはじまる物語。建築論、都市論などで知られる著者だが、ジャンルをまたがり丁寧に描こうとしていることは「人の営み」。夜空を見上げ五感の快楽を覚える建築論を綴りながら、またふと夜空を見上げる。人に興味を抱く著者だからこそ、ダイアン・アーバス、坂口安吾、幸田露伴、文、掃除、におい、言葉、正岡子規らなど話題は尽きない。詩を語り、小説を語り、空間を語り、そして手を語る。何を語ろうとも一貫した姿勢がある。何度も読み直し、何かに迷ったとき、きっと手を伸ばし開くことになるだろう。頁をめくる度に、自分が内包する時間も歩みを進められた気がした。


失われたのはもとより天の川そのものではない。失われたのは天の川という言葉でもない。天の川を見て、聴いて、味わう感受性なのだ。一人ひとりがその感受性を失ったとき、いつの間にか天の川は見えなくなった。

(p.138)

Book: 『同じ時のなかで』

【本】★★★★1/2
題名:同じ時のなかで
著者:スーザン・ソンタグ
(2009/NTT出版)

2004年12月に永眠したソンタグ氏が、精力的に世に訴えたエッセイやスピーチをまとめた書籍。美について、ロシア文学、9.11、9.11以後、アブグレイブ刑務所での拷問が意味すること、授賞式のスピーチ、写真論など、多岐に渡るテーマでありながら、「人とは何か、生きるとは何か、美とはなにか」という姿勢が貫かれている。真の知識人というのは、作家がそうであるように、ジャンルや国境を飛び越え、人をより自由にしてくれる存在なのかもしれない。そいういう楽しみと深みを教えてくれる一冊です。本著に収録されている「言葉たちの良心」エルサレム賞受賞スピーチは、とてもすばらしい。機会があれば、ぜひご一読を。


作家がすべきことは、人を自由に放つこと、揺さぶることだ。共感と新しい関心事へと向かって道を開くことだ。もしかしたら、そう、もしかしたらでかまわない、今とは違うもの、より良いものになれるかもしれないと、希望をもたせること。人は変われる、と気づかせることだ。

(p.224)


Workout

「持続可能」なデザイン、アート、社会、都市などと言いつつ、自分が「持続可能」ではなかったことを自覚したことが事の発端。トレーニングはあくまでも手段で 、これからもっと遠くへ、踏ん張りどころで踏ん張るためにしている。20代でやり過ごせても、30代から顕著にその差が出てくる。「まさか」や「夢半ば」などは、心掛け次第で回避できる事柄だということを学ぶ。最適な身体のメンテナンスを日常に取り入れ、元気に快適に過ごす。そのメソッドは老若男女問わずきっと共有できるはず。

「運動は身体にいい」とは少し違い、「運動は、身体の歯磨きのようなもの」こちらの方がしっくりくる。歯を磨かないことと、運動しないことは現象的にとても良く似ている。どちらも何もしなければただ汚れが蓄積されていくだけ。そういうことなんです。

Design for the Future

どうしたら、クリエイターの身体づくりをデザインすることができるか。自己責任という名目で、バタバタとたくさんの人が倒れていく。ジャンルを問わず「ものづくり」というマラソンをするからこそ、健康管理も仕事のうちなのです。明らかに、食べ物や環境、教育の変化によって、団塊の世代と比べると若い世代の身体は弱体化している。私が経験した入院、治療、リハビリを活かし、未来をデザインできるとしたら、どんな形になるのだろう。まだ雲を掴むような段階なので、トレーニングをして動きながら考えていきたい。自分自身で実感したことしか、やはり人には伝わらないと思う。

Balance

4月から始めているトレーニングは、これからどう自分でコンディションを整えていくのかを学ぶ大切な課題と捉えております。以前は、自分の身体を過信し、見ないように考えないようにやり過ごしてきたが、事故以来考え方を改めた。何をするにしても、身体が資本であり、もっと積極的に生活に取り入れるべき事柄だったようです。身体のケアの仕方を知れば、より自由になれることは間違いないです。これは未来への投資ですね。

これから考えられることとして、仕事をしながら結婚、出産、子育て…なんて、 体力がないと到底無理。今は、考えただけでクラクラしてしまう。ということは、体力があればどうにかなるとも言える。今日はなんだか無償に、このバランスボールにグッドデザイン賞をあげたくなりました。