Book: 『同じ時のなかで』

【本】★★★★1/2
題名:同じ時のなかで
著者:スーザン・ソンタグ
(2009/NTT出版)

2004年12月に永眠したソンタグ氏が、精力的に世に訴えたエッセイやスピーチをまとめた書籍。美について、ロシア文学、9.11、9.11以後、アブグレイブ刑務所での拷問が意味すること、授賞式のスピーチ、写真論など、多岐に渡るテーマでありながら、「人とは何か、生きるとは何か、美とはなにか」という姿勢が貫かれている。真の知識人というのは、作家がそうであるように、ジャンルや国境を飛び越え、人をより自由にしてくれる存在なのかもしれない。そいういう楽しみと深みを教えてくれる一冊です。本著に収録されている「言葉たちの良心」エルサレム賞受賞スピーチは、とてもすばらしい。機会があれば、ぜひご一読を。


作家がすべきことは、人を自由に放つこと、揺さぶることだ。共感と新しい関心事へと向かって道を開くことだ。もしかしたら、そう、もしかしたらでかまわない、今とは違うもの、より良いものになれるかもしれないと、希望をもたせること。人は変われる、と気づかせることだ。

(p.224)


Book Picks

【本】★★★★★
題名:見えない音、聞こえない絵
著者:大竹伸朗
(2008/新潮社)

著者にとって描く事、何かをひたすら貼付けること、そして言葉と言葉を繋ぎあわせることもすべて同一線上の行為にある。一般的な時間とは別に、五感の響き合いだけでしか進めることができない自分時間が少しずつ進行していく。晴れなかった頭の霧が少しだけ薄くなった心持ちになる。より効率的に、無駄なく快適にといった「退化する進化」の生活様式からポロポロとこぼれおちる大切なことに、もっと目をこらし、耳をすませてみたくなる。






楽しいことはこの世にたくさんある。あり過ぎるほどある。いろんな経験を積み、さまざまな価値観を持つ人々と話をすること。そんな出会いがとてもなく重要であることももちろん理解できる。しかしそこには自分が絵を描くことで感じる「時間感覚」はない。その「時間」が流れない限り、何か空しい。その「時間」を感知し続けることでのみ「時間」を意識できる。好きな絵に出会った時はその瞬間内側に確かな時間感覚を覚える。

(p.278)

Book Picks

【本】★★★★★
題名:ちきゅう ぐるぐる
著者:山本浩二
絵:子どもたち
(2004/金沢倶楽部)

10才にもみたない巨匠たちにただ驚くばかり。凝り固まっていたココロを、解きほぐしてくれる。描くことが気持ちの痕跡を現すのだと気づけば、作品は技術を超えたものになっていく。



成長を始めたばかりの子どもたち。その心の世界はまだ小さくて幼い。しかし、子どもたちの理解する言葉で物事の本質を伝えることができた時には、奥深い表現が可能になる。用意された答に自分を近づけようとするのではなく、答が自ら内にあると気づいた時、子どもたちは奥深い表現を始めるのである。それは直感的、感覚的であるばかりでなく、知的でさえある。私たちが技術的な稚拙さや、見せ方の不器用さにだまされずにその真価を見出すことができれば、その知性の、歴史と時代意識に通底していることの意味が理解されるだろう。美術は深い所でつながっている。子どもたち、美学生、画家は、同じ地下茎から生まれた一本の樹である。そして、その表現されたものを楽しみ、時に精神的な影響を受ける人々もまた同じ土の中から生まれた。歴史は、過去も現在も未来も1つにつながっている。

今日も明日も、地球はぐるぐると回っているのである。
私はそのことに気づくのに20年の時を要してしまった。それは私の心が開かれていく過程そのものだったが、数えきれない失敗の後に分かった事は、全ては子どもたちに訊けば良いという事である。おもならず、また高飛車にならずに心の奥底を引き出すことができた時には、私たちは新鮮な体験をすることができるだろう。そこには簡素で幼い知識の中で、必死に掘り下げようとしている子どもたちの精神の真実がある。私たちのすべき事は、到達し得ない高い次元を自分もまた夢見ることであり、その事について語り、共に仰ぎ見る場所にたつことである。人に教えるという事が知識の伝達に終止するなら、教え子は皆、教師の矮小化されたコピーとなるだろう。高い理念と精神の遊びが伝わった時、初めて子どもたちは大きなエネルギーを噴出して、悠々と私たちを超えてゆくのである。

山本浩二

(本著より抜粋)

Book Picks

【本】★★★★
題名:レヴィ=ストロースの庭
著者:港千尋 (2008/NTT出版)

昨年、享年100歳で逝去したフランスの文化人類学者で思想家のクロード・レヴィ=ストロース(Claude Levi-Strauss)。貴重な巨人のプライベート空間、世界各地で撮影された写真といくつかのテクストで構成されている。表紙の一部であるポートレイトは、静謐な美しさを漂わせながらも果てしない思考の繁茂を感じさせてくれる、すばらしい一枚です。

森は地上の無秩序としてではなく、
わたしたちの世界と同じくらい豊かで
その代わりにさえなるような、
惑星の新世界としてたち現れるのだ。

—-クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』(1955)より

Book Picks

【本】★★★★
名:終わりと始まり
著者:ヴィスワヴァ・シンボルスカ
(1997 / 未知谷)

1996年、一人のポーランド女性にノーベル文学賞が授与された。この本を紹介されるまで、私もこの方の詩は未読でした。そもそも詩が日常生活に介在して ないという現実に気づき、哀しくなる。原語が持つリズムや深みを理解できればもっといいのですが、それでも訳者の方が心を砕き日本語に置き換えていること は十分に読み取れます。詩のほかにノーベル文学賞記念講演のスピーチも収録されているのですが、これもとてもすばらしいです。








『終わりと始まり』


戦争が終わるたび
誰かが後片付けをしなければならない
何といっても、ひとりでに物事が
それなりに片づいてくれるわけではないのだから

誰かが瓦礫を道端に
押しやらなければならない
死体をいっぱい積んだ
荷車が通れるように

誰かがはまりこんで苦労しなければ
泥と灰の中に
長椅子のスプリングに
ガラスのかけらに
血まみれのぼろ布の中に

誰かが梁を運んで来なければならない
壁を支えるために
誰かが窓にガラスをはめ
ドアに戸口を据えつけなければ

それは写真うつりのいいものではないし
何年もの歳月が必要だ
カメラはすべてもう
別の戦争に出払っている

橋を作り直し
駅を新たに建てなければ
袖はまくりあげられて
ずたずたになるだろう

誰かがほうきを持ったまま
いまだに昔のことを思い出す
誰かがもぎ取られなかった首を振り
うなずきながら聞いている
しかし、すぐそばではもう
退屈した人たちが
そわそわし始めるだろう

誰かがときにはさらに
木の根元から
錆ついた論拠を掘り出し
ごみの山に運んでいくだろう

それがどういうことだったのか
知っていた人たちは
少ししか知らない人たちに
場所を譲らなければならない そして
少しよりももっと少ししかしらない人たちに
最後にはほとんど何も知らない人たちに

原因と結果を
覆って茂る草むらに
誰かが横たわり
穂を噛みながら
雲に見とれなければならない

(p.22)

Book PIcks

対称性【本】★★★★1/2
題名:カイエ・ソバージュ5: 対称性人類学
著者:中沢新一
(2004 /講談社選書メチエ291)

いよいよ『野生の思考』をめぐる旅の最終巻。学問や制度化されている仏教は別として、仏教そのものは宗教ではなく古代の対称性の思考が脈々と活きずいている思想。新たな関連性の発見は大きな収穫でした。人間が都合よく創り出した<一>の魔力が、どれくらい世界を覆っているのかが見えてくる。一神教の宗教間で綿々と続く対立、9.11や経済危機の先にあるべき現代の平和学のヒントが、対称性人類学にあるのかもしれない。ピンポイントで印象深かったのが、先住民たちの「自然智」「秘密智」という概念。育児や食事をしたりという日常生活で生まれてくる女性特有の知性が「自然 智」、男性が追い求める非日常的な知性が「秘密智」。人類学者と先住民の女性とのエピソードはなんとも興味深い。


何週間ものあいだ男たちがペヨーテの体験を求めて巡礼の旅に出ているあいだ、女たちは村に残り、冒険の旅に 出ている男たちの無事を祈っていました。そして、ようやくぼろぼろに疲れて戻ってきた勇気ある男たちを、女たちは村境に出かけて迎えます。そのとき出迎え に出た一人の経験豊富な物知りの女性に、人類学者が問いかけます。

「男たちはああやって貴重な知恵を求めて冒険に出ていきます。ところが、女の人たちは村でそれを待つだけです。なにか不公平ではありませんか。女性はそう いう知恵に近づくことを許されていないわけですから、差別があるのではないのですか。」

これにたいして村の女性が笑いながら、こう答えたそうです。

「男たちはかわいそうに、あんなにでもしなければ、知恵に近づくことはできないんだよ。ところは女は自然のままにそれを知っているのさ。」

すぐれた先住民の女性たちは、男たちがこっそりと手を入れようとしている念願の「秘密智」という目的地に着いてみると、そこにははじめから「自然智」が 待っていて、男たちの英雄的な行為を優しく迎えてあげるのだ、そんなふうにして秘密結社的な「秘密智」とナチュラルな「自然智」はいずれひとつに結びつく ものなのさ、と考えている様子なのです。

(p.142)


Book Picks

【本】★★★★1/2
題名:カイエ・ソバージュ4: 神の発明
著者:中沢新一
(2003 /講談社選書メチエ271)

古代人の思考をこんなにイメージできたのは、初めてです。現代人の死生観とは、まったく次元が違う。まるで、平面だと思っていた地球が「実は丸いらしいよ」というレベルの衝撃でした。美術だ、科学だ、宗教だ、経済だ、すべてが繋がっていく。途中で本を閉じ「メビウスの輪」をつくり、帯の中心ラインで切れ目を入れる。不思議なことに裏と表がある輪ができる。そこに世界が変わる瞬間があった。








生死観が表裏一体した古代人の思考モデル

集落も生死が混在した面白い配置になっている